
アンドレアス・ムルクディス氏
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「東京」のファッションやクリエイティブは、今世界からどのように見えているのだろうか。ドイツ・ベルリンのクリエイティブシーンを長年牽引し、国内外の感度の高い人々の支持を集めるセレクトショップ「ANDREAS MURKUDIS」を20年以上にわたって営んできたアンドレアス・ムルクディス(Andreas Murkudis)氏は、東京について「冗談抜きで、私にとっては世界で最もインスピレーションを与えてくれる都市」だと語る。
アート畑からキャリアをスタートした同氏は、アートやファッション、デザイン、クラフト、インテリアなど、ジャンルを超えた独自の審美眼を有し、「自分が好きではないものは絶対に買い付けない」と、その判断には妥協がない。そんな同氏の目に、今の東京のファッションはどのように映っているのか。
今回、日本ファッション・ウィーク推進機構(JFWO)の招聘プログラムで2025年秋冬シーズンの東京ファッションウィーク(以下、東コレ)に合わせて来日した同氏に、インタビューを敢行。今回の滞在での東京の街の印象から、東京ブランドの魅力と課題、世界中から支持を集める“高感度”なセレクトショップ運営の極意、ファッションブランドがこれからの時代に生き残っていくために必要なことまで、ざっくばらんに話を訊いた。
目次
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「東京は、世界で最もインスピレーションを感じる都市」
── 東京には過去何度も訪れているそうですね。まずは今回の東京滞在の印象を教えてください。
改めて、東京は世界の他の都市とは違うと感じました。コロナ禍前にも何度か訪れていましたが、今こうして再び来てみると本当に感動します。今回は10日間ほどの滞在なのですが、毎日多くの展覧会やショーを見て、1日12〜14時間は仕事に費やしています。冗談抜きで、私にとって東京は世界で最もインスピレーションを与えてくれる都市なんです。初めて来たのは2015年でしたが、そのとき「ウジョー(Ujoh)」を見つけて、それから10年間ずっと彼らと仕事を続けています。
それ以来、自分一人で来たり、他のバイヤーやジャーナリストと一緒に日本を回ったりもしていて、今、私の店では30以上の日本ブランドを取り扱っています。

「UJOH」の2025年秋冬コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight

「UJOH」の2025年秋冬コレクション
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── 30というのはすごい数ですね。
もしスペースさえあれば、200ブランドは扱えますよ(笑)。それぐらい、日本には素晴らしいブランドがたくさんあります。ただ問題は、それらが十分には知られていないこと。日本人がクリエイティブだということは既に多くの人が知っていると思いますが、まだ世界であまり知られていない魅力的なブランドが山程あります。
それに、東京には小さくて面白いショップがたくさんありますよね。偶然面白い人や店に出会えるので、私はこの街に来たらいつもたくさん歩くんです。例えば、根津美術館の向かいで老婦人が営む小さなギャラリーショップ「O'Connell's」では、古伊万里白磁などの古美術品の陶器作品と、李禹煥(リ・ウーファン)や杉本博司などの現代美術作家の作品を厳選して扱っている。また別のショップでは、店主の地元の作家が手掛けた彫刻作品と、いい感じの靴、料理用の箸などが一緒に並んでいて。そういうちょっと変わった組み合わせや面白いコンセプトに出合えることが、僕にとってはすごく大事なんです。

ヨーロッパではもう、そういう驚きがなくなってしまって。同じような店や、入る前から何を取り扱っているのかわかってしまう店やギャラリーが多く、あまりインスピレーションを感じなくなってしまいました。
── 今回も東コレを楽しむだけでなく、いろいろな場所に行かれたのでしょうか?
コンテンポラリーアートのギャラリーをたくさん回ったり、「坂本龍一|音を視る 時を聴く」展や、スウェーデンの画家 ヒルマ・アフ・クリント(Hilma af Klint)の展示も観に行きました。あとは、国内外の写真家の写真集出版や展覧会を行う、長澤章生さんが手掛ける「AKIO NAGASAWA」のギャラリーにも足を運びました。これもクレイジーだと思うのですが、彼らは2週間に1度くらいのペースで、森山大道をはじめとしたさまざまな写真家の作品集を発行したりしているんですよ。そういうのがすごく刺激になりますね。ここに住みたいとは思わないけれど、年に2〜3回は絶対に来たいと思っています。
東京ブランドがもつ魅力と課題
── 過去にも何度か東コレを訪れた経験があるそうですが、2025年秋冬シーズンの東コレを見た率直な感想は?
今回は、ダンスホールやスタジアム、遊園地など、いろいろな場所でショーが開催されていたのが新鮮でよかったです。以前の東京やソウルでは、多くのショーが一つのビルの中で行われていて、ずっと同じ建物に缶詰だったんです。でも、今回は移動しながら違うロケーションで見られたのですごく面白かったですし、各ブランドのコレクションのクオリティも以前より良くなっていると感じました。








JR鶯谷駅近くの「ダンスホール新世紀」で開催された「FETICO」の2025年秋冬コレクションショー
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── 特に気になったブランドはありましたか?
「ピリングス(pillings)」はとても気に入りました。私の店でも2つのハンドニットのブランドを取り扱っているのですが、ピリングスはそれらとはまったく違っていますね。とてもコンセプチュアルで、彫刻のような佇まいの服であるところが非常にユニークだと感じました。丈の長いピースは吊るしてあるだけで美しいですし、靴のデザインもよかったです。
最初は、“毛玉”を意味する「ピリングス」というブランド名がちょっと変だなと思ったのですが、実物を見てとても気に入りました。ニット一筋でしっかりとコンセプトを持ってやっている姿勢にも感銘を受けたので、今回絶対に仕入れたいと考えています。

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また、ずっと興味があったもののこれまでパリで見る機会がなかった「ハイク(HYKE)」も、今回初めて実際に見て買い付けを始めました。エレガントさとスポーティーさが絶妙にミックスされていて、すごくバランスがいいんです。売りやすいけれど、ちゃんと特別感もある。「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」とのコラボレーションなども含めて、魅力的なブランドだと思います。

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そして、「ドレスドアンドレスド(DRESSEDUNDRESSED)」も、まだ実物を見られていないのですが、ヴィジュアルの印象やコレクションの考え方がすごく好きなブランドです。そのほかにも魅力的なブランドはたくさんあるのですが、私の店では既に200ブランドを取り扱っているので、これ以上増やすのは簡単ではないんですよ。最初にこの場所で店を始めたときはラックが20本しかなかったのに、今では80本ありますし、20〜30mの長さのテーブル什器も使っています。だから、もっとブランドを増やしたくても、物理的な限界があるんです。

「DRESSEDUNDRESSED」2025年秋冬コレクション
Image by: Courtesy of DRESSEDUNDRESSED

「DRESSEDUNDRESSED」2025年秋冬コレクション
Image by: Courtesy of DRESSEDUNDRESSED
── 世界の他の都市のファッションウィークと比べて、東京がもつ課題はどのような点だと感じていますか?
日本や東京は、もっと海外のバイヤーに向けて提案する機会を持ってもいいと思います。日本はファッションだけじゃなく、デザインや音楽、アートなどあらゆる面で創造性に富んだ都市として既に知られていますよね。私は以前、ベルリンでも提案したことがあるのですが、ファッションウィークやデザインウィーク、アートウィークがバラバラに開催されているのはもったいない。こうしたものをひとつにまとめて、“クリエイティブな都市”として打ち出せば、もっとバイヤーも来ると思うんです。
日本のブランドがパリで展示会を行う際、小さなブランドは目立たない路地裏の会場で開催していることが多く、既存の顧客しか来ない場合が多いですよね。だからこそ、いろいろなジャンルを横断して日本のクリエイティビティの強さを一緒に見せていければ、海外のバイヤーも日本に来たくなるはずだと思います。日本は、ファッションもデザインもフードも全部美しいし、パッケージ一つとっても素晴らしく、すべてが揃っているので。
── ちなみに、アンドレアスさんはいつもどこで買い付けをされているのでしょうか?
私の店で扱っている日本ブランドの98%は、実は日本ではなく、ヨーロッパで買い付けています。今回、「ピリングス」や「ハイク」「ドレスドアンドレスド」などは日本から直接仕入れようと思っていますが、それ以外の約30ブランドは、いつもパリやミラノで買っていますね。
「好きではないものは絶対に買い付けない」
── 続いて、アンドレアスさんのお店についてもう少し詳しく聞かせてください。
私の店では、ファッションだけでは少し退屈なので、私自身が30年近く好んで食べているチョコレートから、ジュエリー、陶器、家具、アートまで、何でも揃っています。1912年創業のドイツの医薬品ブランドである「レッターシュピッツ(Retterspitz)」も扱っているのですが、普通は薬局でしか買えないような薬用のクリームやスキンケア、コスメアイテムなどを展開していて。価格は8ユーロ~と安価で正直利益はほとんど出ないのですが、素晴らしいブランドなので置いています。
さまざまなブランドや商品を扱っているため、ファッションを目当てに来たお客さんが、ギフトや他のものを買って帰ることも多いです。私としては、こういった多様性のあるショップが、これからのスタンダードになっていくのではないかと考えています。

── 具体的には、どのようなコンセプトや基準で買い付けを行っているのでしょうか?
私の考えはとてもシンプルで、自分が本当に好きなもの、家に置きたいと思えるもの、自分の大切な人に着てほしいと思うようなものしか仕入れません。つまり「好き」が基準なんです。だから一切妥協はしません。仮に「仕入れれば絶対儲かるよ」と言われても、プロダクトの品質やブランドの在り方、コレクションに納得できない場合は買い付けないようにしています。
私は元々美術史家として15年間美術館で働いていたので、そこで品質やクラフトマンシップを見極める力を養いました。2000年に美術館を辞めて、自分で小さなミュージアムショップを始めたのですが、当時から「ブレス(BLESS)」や「コム デ ギャルソン・パルファム(COMME des GARÇONS PARFUMS)」なども扱っていました。2002年に今の店をオープンして以降も、基本的なコンセプトは変わっていません。ファッションも家具もチョコレートも陶器も、今でも当時と同じブランドを扱い続けていますし、変わったのは店の規模が大きくなったことくらいですね。
── 20年以上ずっと一貫しているんですね。
私の店はかつて北欧以外で初めて「アクネ ストゥディオズ(Acne Studios)」を取り扱った店舗だったんです。昔はシンプルで美しいベーシックウェアを手掛けていて、売れ行きも非常に好調でした。約6年ほど取り扱いをしていたのですが、次第に“クチュール志向”のブランドになっていってしまった。だから今でも友人ではあるものの、ビジネスはやめてしまいました。
── 徹底していますね。
私は、兄のコスタス・ムルクディス(Kostas Murkudis)がファッションデザイナーだったこともあり、ものを作るコストがどれくらいかかるかもある程度分かっています。そのため、莫大なマーケティング費用によって実際のものづくりに十分なお金が掛けられていなかったり、取引するためには年間で最低1億円以上の多額の仕入れを求めてくるような大企業ブランドとは、全く取引をしていません。
もちろん、「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」や「イッセイミヤケ(ISSEY MIYAKE)」、「カルヴェン(CARVEN)」などの比較的規模の大きいブランドも取り扱っていますが、それらはみな長く付き合っていける“人間的な”ブランドばかりです。だから、長年取引のあるブランドとは、もはや家族のような関係ですよ。
普通の店では、売れなければすぐにそのブランドを切りますよね。でも、私は「売れないこと」を理由には絶対に取り扱いをやめません。たとえ儲からないブランドでも、関係性を大事にして続けていきます。その分、他のブランドで利益を出して支えればいいんです。そうやって「好きなものだけを扱う」というスタンスを守り続けてきました。
── アンドレアスさんは、プロダクトそのものだけではなく、背景にあるブランドや人との関係性も重視しているんですね。
私は「儲ける」ということにはあまり興味がなく、「自分が好きなブランドをサポートしたい」という気持ちが大きくて。だから「好きなブランドは何ですか?」と聞かれても、すべてが大事なので答えられないんですよね。毎シーズン、私とアシスタントで200ブランド分の買い付けをしているので時には大変なこともありますが、全て本気で選んでいるからこそ楽しいんです。

── ちなみに、ドイツで人気のある日本ブランドとは?
正直なところ、知名度があるのは「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」や「ヨウジヤマモト」などの大きなブランドくらいで、それ以外はあまり知られていません。例えば、「ウジョー」は最近パリでショー形式でコレクションを発表していますが、それでも新しい顧客を獲得するのは簡単じゃない。お店側は「確実に売れる」と分からない限り、リスクを取ろうとしないので。でも、リスクを取らなければ始まらないですよね。私の店で扱っているブランドは、ドイツ国内ではまだまだ一般的とは言えません。特にベルリン以外は、あまり面白いブランドが入ってきていないのが現状です。
私の店では、「ヨウジヤマモト」や「イッセイミヤケ」のような有名ブランドも扱っていますが、「シュタイン(ssstein)」や「ノマット(Nomàt)」といった、まだヨーロッパではあまり知られていないブランドも多いです。特にシュタインは、展示会初日で買い付けた商品の50%が売れ、最終的には買い付けの90%以上が売れるほど人気があります。お客さんは、こういったまだあまり知られていないブランドに、より特別さを感じて惹かれるんですよ。

「ssstein」がパリで初開催した2025年秋冬コレクションのショー
Image by: Koji Shimamura / Courtesy of ssstein

「ssstein」がパリで初開催した2025年秋冬コレクションのショー
Image by: Koji Shimamura / Courtesy of ssstein
一方で、マーケティング重視でコレクション自体に魅力が感じられないブランドは置かないようにしています。私の店では、お客さんが「こんなの初めて見た」と思えるような発見があるものやブランドを並べることを心掛けています。
“直接伝える場”としての店舗と展覧会
── そのほかに、店舗運営に関してこだわっている点はありますか?
セールにする必要のない商品は、極力セールにかけないようにしています。私は、「3〜4ヶ月経ったから値下げする」というシステムが理解できなくて。例えば、日本の「エイトン(ATON)」はうちで一番売れているブランドの一つですが、セールを一切かけなくても90%以上売れますし、先シーズンの冬物でもフルプライスで売れます。





「ATON」2025年秋冬コレクション
Image by: ATON
もちろん、シーズン感が強いアイテムにはセールを掛けざるを得ないこともあります。でも、例えばイタリア・ナポリの「サルヴァトーレ ピッコロ(Salvatore Piccolo)」のような老舗シャツメーカーの白シャツは、来季も同じデザインで仕入れるのに、今季分をセールにする必要はないですよね。
── その通りですね。ちなみに、アンドレアスさんのお店にはオンラインストアがないですが、その理由とは?
私はオンライン販売が好きではないんです。うちには4000〜5000人のロイヤルカスタマーがいて、年に1〜2回しか来ない人もいれば、毎月来る人もいる。でも、リアルに会って、長く付き合っているお客さんばかりです。僕自身もベルリンにいるときは毎日店に立っていて、基本的にいつでもお店にいますよ。
接客も大好きなんです。商品について説明するのに、スタッフを通すのではなく、できるかぎり自分で伝えたい。気に入ってくれたら買えばいいし、気に入らなければ買わなくていい。売り込むのが目的じゃないんです。
── それはお客さんにとってすごく良い売り手ですね(笑)。そして、“直接伝える場”としての店舗や、そこでのコミュニケーションをとても大切にされているんですね。
「伝える」という意味では、私たちは商品を販売するだけでなく、年に30回近く展覧会も開催しています。通常は店舗で展開しているブランドを、展示スペースで“より深く”紹介するんです。例えば、「リック・オウエンス(Rick Owens)」は普段はファッションだけ扱っていますが、家具ラインを別スペースで展示したりだとか。
10年ほど前には、山本耀司さんをベルリンに招いて、教会でファッションショーを開催したこともありました。その時うちの店のギャラリースペースで展覧会もやったのですが、オープニングに来るはずだった山本さんが寝過ごして姿を現さなかったのも、今では良い思い出です(笑)。
それ以外にも、「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」の大規模なイベントを行ったこともありましたし、ファッションに限らず、アートの展覧会も数多く開催してきました。私は元々美術館で展覧会を企画していたこともあって、それが“普通の仕事”のような感覚なんです。もちろん販売も大事ですが、展示を行うことも同じくらい大切ですし、やっていて面白い部分でもあります。店を訪れるたびに違う表情を見せたいし驚いてもらいたいので、展示に限らず店の空間も頻繁に変えています。結局それが楽しいんですよね。
── それは、お客さんがまた店を訪れたくなりますね。
そうなんですよ。そのおかげか、一般のお客さんはもちろん、“素敵な”著名人たちが多く訪れてくれることも嬉しいですね。
近年の注目は、「韓国」そして「日本」
── 最近、アンドレアスさんが世界で注目している場所やカルチャーなどがあれば教えてください。
ファッションの分野では、直近2年間ほどは韓国のソウルに注目していて、昨年は5回も訪れました。私の店でも韓国ブランドを6〜7つほど取り扱っていましたし、「アーダーエラー(ADERERROR)」とも4年ほど前から取引していました。でも、今はもう韓国への関心は少し薄れてしまったんです。
韓国は、確かに多額の資金を投入してファッションシーンを盛り上げようとしているのですが、結局ものづくりの中身やクオリティという点であまり面白みがない。例えば、日本には素晴らしい建築や展覧会、職人文化、デザインなどもありますが、韓国にはそこまでの“積み重ねられた歴史”がないと感じます。東京にいると、街並みや建築、ショップ、人々のスタイルなどから常に刺激を受けるので、今は「東京」の方により時間を使いたいと思っています。
── 「東京」や「日本」に関して、最近特に気になっているものはありますか?
日本には、もっと世界に知られるべき、優れたクラフトマンシップがたくさんあると感じています。去年の3月には、広島や名古屋を訪れて多くの素晴らしい職人たちと出会いました。例えば、私の店では「スズサン(suzusan)」のアイテムを取り扱っていますが、クリエイティブディレクター兼CEOの村瀬弘行さんは、愛知県・有松で代々続く「有松鳴海絞り」という伝統的な絞り染めの技法を、現代的な形にアレンジして提案しています。昔ながらの技術を、今の時代に合わせて再構築しているのが素晴らしいんです。
こういった伝統工芸などを手掛ける老舗企業は、少し外部から後押ししてあげることで、もっと現代的に進化できると思っています。私の東京の友人もそういったプロジェクトに携わっていて、例えば、明治時代から皇室向けにシャツを仕立てている老舗シャツメーカーの「蝶矢シャツ」に対して、欧米人の身体に合ったサイズを作ることを提案したんです。
それで、実際に欧米人向けフィットのシャツを作って、イタリア・フィレンツェで開催されるメンズ見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ(Pitti Immagine Uomo)」に出展したところ、今では世界に顧客がいます。私も彼らのシャツを実際に見たことがありますが、間違いなく世界最高品質のシャツだと思いました。
以前「ポーター(PORTER)」の路面店で行われていた展示で出合った、創業300年以上の刷毛・ブラシの老舗メーカー「江戸屋」のプロダクトも素晴らしかったですね。残念ながら、彼らは海外とは取引をしていないようなのですが、私もできれば一緒に仕事をしたいと考えています。
これからのファッションブランドに必要なこと
── 世界への進出を目指す若い日本ブランドにとって、必要なことはなんでしょうか?また、選択肢が溢れる現代において、これからのファッションブランドやデザイナーに求められることとは?
まず重要なのは、「強いコンセプトを持つこと」ではないでしょうか。ドイツではよく「コレクションに“赤い糸”が通っていなければいけない」と言うのですが、つまり一つひとつのピースが、全体のテーマとちゃんと繋がっている必要があるということです。
仮に15点しか作らない小規模ブランドでも、すべてのピースに意味があり、強さがなければいけない。今やパリだけでも何千というブランドがあり、皆が成功を目指しています。その中で勝ち抜くためには、「量」よりも「完成度の高さ」が問われると思います。
それから、「誰が自分の顧客なのか」をしっかり考えることも大切です。最終的に服を買ってくれる“エンドカスタマー”だけでなく、自分のブランドを扱ってくれる“バイヤー”もまた重要な顧客なので、彼らにどう届けるかを考える必要があります。例えば、スズサンの村瀬さんは、15年前にバッグ一つといくつかのセーターを持って、「これを見てほしい」と私の店にやって来ました。その時、私は即決で「全部買う」と言いました。彼にとっては私が最初の顧客だったんです。
そのように私のもとを訪ねてくるブランドは多いですし、私も基本的には店にいるので、直接会って話すようにしています。ただし、態度が良くないときは、店に来られても「出て行ってください」と言うこともありますが(笑)。同じように、私のもとには毎日多くのメールが届きます。その中には「あなたの店にぴったりです」と書かれたものも多いのですが、実際に商品を見てみると、30ユーロのよく分からないシャツだったりする。「なぜうちに合うと思ったの?」と聞きたくなりますね。自分のブランドがどんな店に合うのか、どのようにアプローチすればいいか、きちんと考えるべきです。
良いコレクションを作るのは“第一歩”にすぎません。さらに、それをどう店に届け、どうエンドユーザーに届けるか。そのすべてが重要なので、決して簡単なことではありません。特に大手百貨店では、1シーズンで結果が出なければすぐに切られてしまう。すぐに売れることを求められる今の仕組みは、若いブランドにとっては厳しいんですよね。だから、私はデザイナーにはなりたくないと常々思っています(笑)。

■アンドレアス・ムルクディス(Andreas Murkudis)
デザインとファッションの分野で、ドイツで最も有名で経験豊富なリテイラーの一人。現在、ベルリンで2店舗のセレクトショップ「アンドレアス ムルクディス(ANDREAS MURKUDIS)」を経営しており、短期的なトレンドサイクルを超越した最高品質のユニークな品揃えを提供している。取り扱いアイテムは、ファッションからオブジェ、化粧品、インテリア・デザイン、ホーム・アクセサリーまで多岐にわたる。2022年にはオープン20周年を迎えた。
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